
アダルトビデオ「夏が見えた そんな気がした 牧本千幸」発売時期不明
今回ははじめて映像作品を取り上げました。
ほかの映像作品を取り上げようとは思っていませんから、
たぶんこれが最初で最後になると思います。
それだけ強烈な印象に残る作品でした。
発売時期不明としていますが、
パッケージに記載されていなかったためです。
私は本作を大学2年生のときに購入しましたので、
1987年の後半には発売されていたと思います。
本作を購入した当時、
私は広島県福山市に住んでいました。
大学の移転に合わせて、
広島市から福山市に引っ越し、そのあとは東広島市に引っ越します。
福山市は半年だけの在住でした。
当時の私は、
エロ本はとても好きで定期的に買っていました。
しかしアダルトビデオは、
そこまで熱心にみてはいませんでした。
というのも、
レンタルの場合、借りて返しにいったときにまた借りて、
返しに行ってまた借りての無限ループにおちいりそうだと思っていたからです。
また、
レンタルして気に入った作品を期間限定でしか楽しめないのもストレスでした。
かといって、
当時のアダルトビデオは1本1万円以上しましたから、
購入するのはハードルが高すぎます。
裏本を買ったほうが安上がりです。
というわけで結局アダルトビデオからは距離ができ、
もっぱらエロ本でオナニーする毎日が続いていました。
そんなときです、
本作を福山市の書店で見つけたのは。
まず値段に驚きます。
記事のあとに背と裏側パッケージを掲載していますが1680円。
これがいかに衝撃的なことだったかは、
当時を知るかたでないとわからないと思います。
ちなみに当時、
大陸書房という、
廉価版のビデオを専門で販売しているメーカーも、
すでにあったように記憶しています。
私は当時、
「べっぴん」「デラべっぴん」という、
英知出版発行のエロ本の読者ではなかったので、
牧本千幸さんを知りませんでした。
ただパッケージをみてかわいいと思って購入しただけです。
いわゆる「宇宙少女」の流れにある、
モデルさんだったと思います。
裏パッケージに乳もケツも出てるし、
1680円でエロビデオを買えるならお得ということもあり、
すぐに購入してアパートに帰りました。
ちなみに購入した書店は、
アーケード内にあったお店で、
私はそこで、
やはり英知出版発行の石田ゆり子の「踊ろよ、フィッシュ。」という写真集も、
後日買いました。
いまその写真集はプレミアがついており、
中古市場で10倍以上の価格になっています。
話を本作にもどしますと、
私はすぐにビデオをみることはせず、
晩ごはんを食べて、風呂屋に行って、
落ち着いたころを見計らい、
満を持してビデオデッキにセットしたように記憶しています。
広島市で住んでいた下宿も、
福山市のアパートも古くて簡素なつくりでしたから、
音が筒抜けです。
そのため、
アダルトビデオをみるときは、いつもヘッドホンをしていました。
また、時期としてはもう寒いころだったので、
コタツを出していたと思います。
あまりくわしく書くと恥ずかしいのですが、
今回のお話の根幹にかかわってくるため書きますと、
私はコタツのなかに下半身を入れ、
ズボンを半分おろして、パンツのなかに手を入れて、
チンチンをいじりながら本作の映像をみていました。
ビデオデッキと私の距離は近かったので、
リモコンではなく、デッキを直接操作していたと思います。
といいますか、
アダルトビデオをみるときは早送りはしないので、
リモコンも、デッキの直接操作も必要ありません。
エロい場面はもちろん、
そのほかの場面も見逃してなるものかという思いが強いからです。
せっかくお金を払ったものを早送りしてしまってはもったいないという、
生来の貧乏性もありますが、
ポルノ小説が好きでよく読んでいた私は、
ほかの場面を飛ばして、
濡れ場だけを読む場合と、そこに至る過程をじっくりと読み込んで濡れ場がくる場合の、
大きな違いを知っていたのが大きな理由です。
ポルノ小説の場合は、
濡れ場に至る過程をじっくり読み込むことで、
濡れ場のいやらしさが最大限になります。
それらをすっ飛ばして、
濡れ場だけを読むときの興奮の比ではありません。
というわけで、
ヘッドホンして下半身は半裸。チンチンをいじりながらの鑑賞です。
童貞で血気盛んな私は、
映像をみるまえからボッキしていたかもしれません。
『………なつかしい本の名前です。
その背表紙をみただけで、私は別の世界へ飛んでいけました……』
千幸さんのナレーションで、映像ははじまりました。
もちろんですが、
当時の映像をおぼえているわけではなく、
その後も何度か映像をみていますし、
今回、本作を取り上げるにあたり、また見返しました。
ただし、
いまはビデオデッキを持っておらず、
以前にデータ化した映像を繰り返しみています。
彼女は、黒色の冬用のセーラー服で登場します。
リボンは白色です。
場所は古い図書館で、
本棚のまえに立ち、一冊の本を手にしてページをめくっています。
横を向いていた彼女が、
カメラ目線になった直後、BGMが流れてビデオタイトルが表示されます。
当時の私みたいに、
女性に対して大きな幻想を抱いている童貞青少年は、
ヤリマンやヤンキー娘は好きではありません。
当たり前です。
図書館で静かに本を読んでいるような、
おとなしめな美少女が好きです。
そのため、
オープニングの時点で、
心を持っていかれたような気にすこしなりました。
しかし、私の手はまだチンチンを握っています。
シーンごとに私の感想や解説を書いていくと、
単行本1冊ぶんくらいになりそうなので、
記事は仕方なく早送りしますが、
古い街並みの場所を、
セーラー服姿で歩く彼女がとても印象的です。
あとで知りましたが、
場所は広島県尾道市です。
映画の舞台で使われるのはよく知られていますし、
当時、私が住んでいた福山市の隣の市でもあります。
林のなかでセーラー服を脱いでヌードになるシーン、
そのあと、また外のシーンがあり雨が降っていて彼女は傘をさしています。
さらにそのあとは、
部屋のなかで下着姿、そのあとはまた外に出てという具合に、
室内シーンと屋外シーンが交互に出てきます。
背後には、
センチメンタルなBGMが流れ、
また彼女自身のナレーションが入ります。
ナレーションの内容は、
彼女(牧本千幸)に好意を持っている「語り手」が、
その思いを語ったものです。
思いは、具体的には好きという気持ちですが、
熱い思いではなく、
彼女との距離を感じながら、自身の気持ちを飲み込んでいるような、
とても切ない内容のポエムです。
しかし、
それを語っているのは牧本千幸さん本人。
この手法は、
宇宙企画の初期アダルトビデオでよくみました。
それはともかく、BGMの効果もあって、
私は心を揺さぶられます。
しかしこの時点でもまだなお、
チンチンを握った状態でした。
そして映像は進み、
20分を超えてきます。
私はこのあたりでついに、
「あれ? 男優が出てこない……これはイメージ映像だろうか?」と思うようになり、
クライマックス的なBGMと、
牧本千幸さんのヌード映像が流れたとき、
カラミの無いイメージ映像というのを確信しました。
私はこのとき、
どう思ったのかといいますと、
激安ビデオだったからカラミ無しも仕方ないという気持ちはすこしで、
それよりも、
映像世界にすっかり飲み込まれており、
すこしうつむき加減でブラをとりヌードになり、
戸惑いと恥ずかしさを合わせたような表情を見せる牧本千幸さんから、
スケベな意味でなく目が離せなくなっていました。
そしてついにこのときが…。
『おとぎ話に戯れるのはもうよします。
でも、いちどだけ、いちどでいいから、私に笑顔を見せて』
というセリフのあとで、
彼女の歌がはじまりました。オリジナル曲です。
歌詞の内容も楽曲もすばらしく、
流れている映像は、牧本千幸さんが尾道の街を歩く場面や、
学校の体育館で走ったり、
バス停で佇んだりする場面に、浴衣姿で竹トンボを飛ばすシーンもありました。
というわけで、
私は魅了され感動していました。
もうチンチンは握っておらず、
パンツをもとに戻すことも忘れて、
映像に見入っていました。
結果的にイメージ映像だったとはいえ、
チンチンをいじりながら見たビデオで、
最後までみて、
チンチンから手を離したのは、
あとにもさきにも本作だけです。
まさかこんな展開になるとは、
チンチンを握った時点の私は思ってもみませんでした。
あまりの感動のため、
映像が終わっても私は呆然としていたと思います。
あとで知りますが、
本作は、初期の宇宙企画アダルトビデオを手がけた、
さいとうまこと監督の作品でした。
映像の最後に監督ほかスタッフのテロップが流れるのですが、
当時はそんなところまで気がまわりませんでした。
かくして、
本作は私のお宝になり、最後の歌の場面は、
これまで何度繰り返してみたかわかりません。
当時は、
楽曲だけをカセットテープに録音して、
ソニーのウォークマンに似せた、
格安の疑似ウォークマンでよくきいていました。
おとなになって冷静に考えてみれば、
さいとうまこと監督の演出にうまくやられた、
ということになりますが、
そんなことはどうでもいい話です。
私は20歳のころに、
本作と出会い、
最初の意図と反し、
チンチンから手を離してしまうほど感動したことは、
素晴らしい思い出として、ずっと心に残っています。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
