ビニ本や裏本界隈では超有名な美形お姉さんです。
ただし、ビニ本「Le·Mo·N·娘 生田美鈴」は、
手元の資料では見当たりませんでしたので、ネット検索して出てきた発売時期を明記しました。
ちなみに、同じモデルが出演している以下の本を以前に取り上げています。
裏本「スクランブル」1984年(昭和59年)11月頃発売
裏本「夢砂丘」1985年(昭和60年)06月頃発売
ビニ本「サマーウィンド SUMMER WIND」(ジャパンブック)1985年(昭和60年)09月頃発売
裏本創成期の頃から活躍していたモデルさんだということは、
以前の記事でも触れました。
ビニ本としての再生も数多くありますから、相当に人気があったことがうかがわれます。
今回取り上げましたビニ本「Le·Mo·N·娘 生田美鈴」は、
“生田美鈴”とモデル名が入っているのですが、
“生田美鈴”という名前が、ビニ本や裏本界隈で広く流通していたことの表れともいえると思います。
“生田美鈴”の容姿については、これまでの記事でかなり書きましたので、
今回は、モデル名について書いてみたいと思います。
具体的には、彼女はいつから“生田美鈴”と呼ばれるようになったのかということです。
そこで、過去のオレンジ通信を見ていき、“生田美鈴”出演のビニ本や裏本を探します。
どの本の紹介文で初めて、“生田美鈴”のモデル名が出てくるのかということを調べました。
裏本「夢砂丘」や裏本「スクランブル」が発売されたときには、
もうすでにかなり知られた存在だったと思われるのですが、
“生田美鈴”と呼ばれてはおらず、
紹介文のなかでは、“人気裏本GAL”とか、“美形URAギャル”、“裏本美形GAL”と書かれています。
ただ、そのころすでにオレンジ通信などの特写ページに登場していた、
つまり、いわゆるエロ本が誌面用に撮り下ろしをしていたようです。
その“裏本GAL”が、“生田美鈴”になる時期ですが、
オレンジ通信だと、
“ビニ本「銀狐」(富士美術)1986年(昭和61年)04月頃発売”の紹介文で初めて、
“生田美鈴”というモデル名が登場します。
それよりも以前で、最も近い時期に発売されたものが、
“ビニ本「風立ちぬ」(浪速企画)1986年(昭和61年)01月頃発売”ですが、
ここでは“生田美鈴”のモデル名は登場しません。
また、ボディプレスでも、やはりビニ本「銀狐」で“生田美鈴”と書かれているのが最初です。
同じ号に、ビニ本「京女慕情 寒椿」(一世堂)が紹介されていて、
“生田美鈴”出演なのですが、“生田美鈴”というモデル名は書かれていません。
ちなみに、
ビニ本「京女慕情 寒椿」はオレンジ通信では1985年10月号に掲載されていますので、
ボディプレスは、そこから約3か月遅れての掲載となっています。
以上のことから、少なくともいわゆるエロ本界隈では、
1986年(昭和61年)の04月頃に、
“生田美鈴”というモデル名が定着を始めていたものと思われます。
ところが、今回取り上げました、ビニ本「Le·Mo·N·娘 生田美鈴」は、
1985年(昭和60年)03月頃の発売でして、
エロ本界隈で“生田美鈴”というモデル名が定着する以前のビニ本です。
ビニ本業者が、“生田美鈴”と明記しているということは、
ビニ本業界では“生田美鈴”というモデル名が流通していたということにもなります。
オレンジ通信に、ビニ本「Le·Mo·N·娘 生田美鈴」が紹介されていればよかったのですが、
前述したように、残念にも紹介した記事は見当たりませんでした。
ところで、ビニ本「Le·Mo·N·娘 生田美鈴」ですが、
ビニ本「サマーウィンド SUMMER WIND」とまったく同じ内容です。
違うのは表紙と裏表紙のみです。
ビニ本「サマーウィンド SUMMER WIND」に比べて、印刷の状態が非常に悪く、
間違いなく複写再生本です。
ただし、
ビニ本「サマーウィンド SUMMER WIND」にはとても濃い印刷上の消しが入っているのですが、
ビニ本「Le·Mo·N·娘 生田美鈴」はほぼ丸見えです。
ネットで調べてみたところ、どうやら元本は裏本「夢おんな」だということがわかりました。
プレイ内容としては、単体の裏本でして、
カラミはなく、バイブ挿入が最もハードなメニューです。
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コメント
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気のせいでしょうか。
モーリス輪島
がしました