イリュウジョン_11

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今回は私の思い出話です。

またしてもどうでもいい無意味な内容です。

私は、1987年(昭和62年)10月から、1988年(昭和63年)03月までの間、
広島県福山市に住んでいました。わずか半年間でした。

広島市から引っ越して福山市に来た私は、その半年後に、
東広島市にまた引っ越すことになるのですが、

これはあらかじめ決まっていたことで、ちょうど学校の移転と重なった結果です。

ですので、福山市のアパートに入居する際も、半年間限定ということで契約しました。

普通は、不動産屋にいくつか候補を上げてもらって、
それらを案内してもらい、そのなかから決めるという流れだと思いますが、

福山市のアパートに関しては、半年のみだし、学校からそう遠くなければどこでもいいと思い、
ひとつだけをピックアップしてもらい、そこに案内してもらってすぐに決めました。

花園町2丁目にありました。
たしか、1階は会社で、2階部分がアパートだったように記憶しています。

道路に面した外階段を上がるとアパートの廊下になっていて、
向って右側に、部屋がありました。

全部で4部屋でした。

階段を上がってすぐのところに部屋がひとつあり、

トイレと、共用の洗濯機が置かれている、ちょっとしたスペースがあり、
そのスペースの隣が私の部屋でした。

私の部屋の隣にもうひとつ部屋があり、その隣にまたもうひとつ部屋がありました。

6畳台所付きで風呂無し、家賃は1万円だったように記憶しています。

部屋の一角に流し台が付いており、いわゆるワンルームタイプなのですが、
“ワンルーム”という名称から連想されるような洋風のアパートではなく、

古臭い感じのアパートで、部屋は当然和室です。

広島市南区翠の下宿は4畳半でしたので、6畳の部屋はとても広く思えました。

学校へは歩いても5分とかからない場所です。
私は自転車で通っていました。

私の他に2部屋が埋まってまして、私の隣が空き部屋になっていました。

この2部屋の住人がかなり濃厚な人物でして、

その話を書こうと思っているのですが、かなり長くなりそうなので、

今回は、福山市での私の生活スタイルについて少し書くだけにします。

ところで、私以外の同級生は、教養課程を終えたタイミングで福山市に移動したのですが、

私は、あまり成績が良くありませんでしたので単位をいくつも落とし、
いまだ教養課程を取得する必要がありました。

なので、教養課程を履修するために、
ほかの学部に交じって授業を受けなくてはならなかったのですが、

それが、月曜日1時限目の『経済学Ⅱ』でした。

私は理系の学部でして、経済学には全く興味なかったのですが仕方ありません。

話が脱線しました。

私は学校が終わると、
『セルコ』という地元のスーパーマーケットで買物してアパートに帰り、自炊していました。

『セルコ』はチェーン店で、福山市に何店舗かありましたが、
私が行くところはいつも決まっていました。

理由は、アパートから近いことと、レジに美人なお姉さんがいたからです。

ただし『セルコ』の場所がどこだったのかまでは正確に覚えていません。


ちなみに、つくるのは毎日同じメニューで野菜炒めでした。

『セルコ』は名前を変えて今でもまだ営業しているようです。


それから夕食を食べた後、風呂屋に行きます。
この風呂屋もほぼ毎日行っていましたが、正確な場所を覚えていません。

福山市の銭湯をネットで調べると、“だいご湯”というのがヒットしました。
かなり年季の入った古い風呂屋です。

アパートからそこそこ距離があったことだけは記憶にありまして、
もしかしたら、“だいご湯”だったかなと思いますが、正確には思い出すことができません。

風呂に入ると、アパートに帰り、
その後、部屋でレコードを聴いたりテレビを見たり、エロ本を見たりして過ごしていましたが、

2日にいちどくらいの頻度で、深夜もやっている書店に行ったり、
レンタルビデオ屋に行ったりしました。

どうでもいい話が続きましたので、このへんで終わります。

住人の話は、また次回以降で書きたいと思います。

ところで、トップ画像は、裏本「イリュウジョン」から、
ムチムチお姉さん・中川友美の放尿シーンです。

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