今回は、
私がある時期、郵便配達をしていたときのお話です。
ビニ本や裏本の話はまったく登場しません。
加えて、
かなり長い文章になってしまいました。
ビニ本や裏本の話を期待していた方は、
引き返すことをおすすめしておきます。
というわけで、
郵便配達の話です。
郵便局が民営化される以前、
いまから20年以上前のことだったと思いますが、
私は、
とある郵便局でアルバイトとして働いておりました。
郵便局のアルバイトは、
「ゆうメイト」と呼ばれています。
私が働いていた郵便局以外もそうだと思いますが、
配達地域ごとに班割りがなされていて、
私は1班でした。
班の規模は20人弱だったでしょうか。
ゆうメイトが半分以上いて、
正規職員は半分もいなかったと思います。
午前中だけ勤務の短時間職員という方もたしか2人いました。
それから、
内勤のゆうメイトも勤務は午前中だけでした。
内勤のゆうメイトは3人いて、
すべておばさんでした。
班ごとの配達区域は、
さらに6分割か7分割されていたように思います。
その区分のなかの郵便物を配っていきます。
担当の区分は日によって変更があり、
おそらく昔、
アルバイトが半分近くを占めるようになってくる前は、
全区分を万遍なく担当できるよう、
ローテーションが組まれていたと思うのですが、
その当時は、
時間がかかる区分のところは、
ゆうメイトではなく、
職員が配っていました。
なぜ時間がかかるのかといいますと、
配達量はたいしたことありませんが、
マンションをふくめ個人宅が多いからです。
それにくらべて、
オフィスが多い区分のところは、
配達量自体は多いですが、
配達先は比較的少ないため、
時間はそこまでかかりません。
ちなみに私は、
“大口”と呼ばれる区分に属しておりまして、
これはなにかといいますと、
郵便バイクや自転車に乗らない郵便物をおもに配達します。
あとは、
ほかの区分のサポートです。
私のほかにもうひとり大口担当がいて、
その方は例の赤い車で配達していました。
車で配達といっても、ゆうパックを運んでいたのではありません。
ゆうパックはまた別の人たちが配達しており、
この方々は、
班に所属しているのではなく、
班をまたぐもっと広い範囲を配達していたと思います。
私は当時、
オフィスビルの清掃を朝の6時半から8時半までやっており、
それを終えてから郵便局で17時ごろまで働いていました。
さらにそのあとは、
インターネット向けの記事を書いておりまして、
トリプルワークです。
いまよりもだいぶ若く体力があったからできたと思います。
正規職員、ゆうメイトは、
普通は8時半に仕事をはじめるのですが、
私は早朝のビル清掃がありましたので、
9時からでした。
そのことは、面接のときに話しており、
それでもいいということで雇ってもらっていました。
私は大口担当でしたが、
車ではなくバイクで配達していました。
大口担当のもうひとりの方のサポートみたいな業務です。
正規職員、ゆうメイトにかぎらず、
配達員は担当のバイクが決まっていましたが、
私は、
ほかの方と勤務時間帯がすこしずれているということもあり、
休んでいる方のバイクを使うことになっていました。
遊軍のような扱いでしょうか。
班には班長がいて、
9時から班ごとに朝礼があり、
そのあと、
郵便物を配達の順番に仕分けしていきます。
転出、転入は思っていたよりも多く、
その都度、居住確認がなされます。
たとえばマンションにどんな居住者がいるのかが、
紙に書かれており、
それを見て、
住んでるか住んでないかを確認します。
ただし、
ひとつひとつそれをやっていると時間がかかり過ぎますから、
毎日配達している配達員は宛名を見たら、
住んでるか住んでないかだいたいわかります。
見なれない宛名のときだけ、
確認する感じでしょうか。
それはさておき、
私の配達先は、おもにオフィスで、
遊軍ということもあり、
ほかの配達員よりもさきに局を出発して、
郵便物をはやく欲しい配達先にまず配ります。
その配達先は3つでした。
普通の会社がふたつと、ひとつは法務局です。
それを配ったあとで局にもどり、
いちばん配達先のすくない区分を配達するか、
郵便物が多い区分のお手伝いの配達です。
まんべんなく配達するので、
だいたい覚えますし、
昔から本屋を探して自転車でうろうろして、
アパートにもどったあとで、どこを走ったかを地図で確認していた私は、
図書館で住宅地図をコピーして、
配達時には持参していましたし、
場所や住所を覚えるのも楽しかったです。
ところで、
私が働いていた郵便局は、
とある外国の大使館の前にありました。
大使館と郵便局の間には、
広い4車線の道路があります。
とある外国とは、
かなりの大国で、面積も人口も世界でトップ10に入る国です。
というわけで、
前置きがかなり長くなりましたが、
ここからいよいよ本題に入っていきます。
郵便局のバイクは、
原付と小型二輪(排気量90cc)の2種類がありまして、
私はバイクの免許を持っていましたので、
だいたい小型二輪を使っていました。
しかし、
自分のバイクが決められておらず、
休みの人のやつを使うため、
原付しかあいてないときもあります。
原付も90ccもそんな変わらんやろと思う方がいるかもしれません。
しかし、
馬力が全然違います。
急な坂のある配達地域だったことと、
郵便物が想像以上に重いこともあり、
原付での登りは途中で止まりそうになります。
そのため、
小型二輪が使えるときはいいのですが、
原付しかあいてないときは落胆します。
ちなみに、
郵便局のバイクは1班だと、
ホンダが1台で、残りはスズキだったと記憶しています。
ホンダは車体が軽くて扱いやすいのにくらべて、
スズキは車体が重いです。ただ安定感はありました。
ホンダとスズキの違いは、
郵便バイクにかぎった私の感想です。
私はバイク乗りではないので、
バイク乗り界隈で、一般的にどういわれているのかは知りません。
それはともかく、
ほかの配達員よりもはやく出発する私は、
荷台のボックス内に3か所の郵便物を乗せ、
法務局→会社→また別の会社→局にもどる
というルートで配達します。
局から出て法務局に行くときに、
大使館の横を通過します。
そして帰るときは、
大使館の前を通過していきます。
ある日、
とても急いでいたことが原因でしょう、
局からバイクで出発したはいいが、
なんだか違和感が。
頭がスースーするなと思ったら、
ヘルメットをかぶるのを忘れて出発していました。
この時点で局からは出ており、
大使館の横を通過しています。
ちなみに大使館には、
土日はとくにですが、平日も街宣車がやって来ているようで、
その警備なのか、
それともほかの大使館にも配置されているのかわかりませんが、
日本の警察官が常に大使館の表に立っていました。
数人の警察官が、
間隔をあけて立っているのに加えて、
大使館と隣のビルのところとか、
大使館に面する横道の門に警察官が立っています。
私は、
その警察官の横をノーヘルですり抜けていってしまいます。
しかし、
警察官は私のほうを見ることもなくただ立っているだけでした。
視界には入っていたと思いましたが、
私は逆に、あれ?と思います。
普通ならノーヘルで交通違反です。
大使館の周辺に立っている警察官は、
大使館にまつわる業務、街宣車対策がメインだから、
ノーヘルのバイクなど眼中にないというふうにも見えました。
また、
こんなこともありました。
その日は、
原付しかあいてなかったので、
原付で配達していました。
しかし、
自動二輪に乗っている感覚で、
片側3車線の道路を右折してしまいます。
気がつけば、
大使館の前を通過です。
大使館の前の道路は、
さらに広い片側3車線の国道と交差しており、
私は広い国道から右折して、
大使館前を通過していきました。
ところが、
警察官はスルーです。
こちらを見ているのかいないのか、
ただ立っているだけでした。
私は別の場所で、
原付で二段階右折をせず、普通の車と同じ右折の車線に入り、
そのまま右折したのですが、
右折したさきに交番があり、そこでとめられました。
もちろん交通違反です。
郵便局で働くよりもさらに10年近くまえ、
とある会社で働いていたときの話です。
取引先に原付で行って、
会社に帰る途中のことでした。
ヤマハのメイトという原付に乗っていました。
交番の警官からは、
原付が右折車線に入ったことでまず減点、
さらに右折したことでさらに減点という説明を受けました。
ノーヘルも二段階右折しなかったことも、
うっかりとはいえ交通違反です。
知らなかったというのも通りません。
しかし、
郵便配達のときは、まったくおとがめなし。
こちらが驚いてしまいました。
当時、
郵便局は総務省の管轄です。それにまだ民営化前です。
一方、警察官は警察庁。
役所はセクショナリズムが強いとききますから、
ほかの組織になにか言って、
やっかいなことになるのを嫌がったのか、
それとも、
大使館警備の警察官が、交通違反は職務外だったのかはわかりません。
ノーヘルはいちどだけでしたが、
二段階右折しなかったのは2度ありました。
3度とも警察官はスルーです。
ところで、
その郵便局はいまは取り壊されていまして、
跡地には、
オフィスと商業施設が一体化した高層ビルが建っています。
郵便局は、歴史的な建造物に見えましたし、
実際にそうだったようなので、残しておけばいいのにと思ってしまいます。
じつは、
郵便配達していていちばん驚いたのは、
ノーヘルと二段階右折を警察官に注意されなかったことではなく、
配達途中で荷台の赤いボックスが丸ごと落ちてしまったことです。
そのバイクは、
休日配達をおもに担当していた職員が使っていたもので、
午前中はだいたいあいていたのですが、
私は積極的には乗りませんでした。
というのも、
いちど事故しているらしく、
走行中の安定感が悪くて乗りにくかったからです。
荷台のボックスが落ちたときは心底慌てました。
近くの自動車修理屋でペンチを借りて、
ボックスをとりあえず荷台につけて局にもどったことを思いだします。
郵便局の話は以上です。
トップ画像は、前回に続いて田口ゆかりさん。
ビニ本や裏本ではなく、
「少女変 振り向けば娼婦」
(辰巳出版 昭和56年4月1日発行)というオムニバス写真集からの引用です。
今回は、郵便局に関連したお話だったので、
昭和の香り漂う、丸いポストのカットを取り上げました。
トップ画像は外撮りですが、
ほかに部屋のなかでのヌードカットもありました。
前回取り上げた、
自販機本「淫戯 少女のかほり」(アリス出版)と、
同じ部屋のようですし、座布団も同じです。
おなじときに撮影されたのか、
そうでなければ、すくなくとも撮影場所は同じだと思われます。
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ゆうメイト
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コメント
コメント一覧 (4)
大使館警備の警官は、青切符なんか持っていないから実質取り締まれないし、ノーヘルにかまって警備を離れている最中に何か起きたら大きな責任問題になるから、知っていても知らんふりなんでしょう。
大使館の警備は国によりけり。警官もいなくてマンションの一室でベランダに旗が下がっているからようやく大使館とわかるような小さな物もあれば、米英ロのような大きな物まで。今でもそうなんでしょうけど、ロシア(当時はソ連)大使館の前には機動隊の護送車が数台常駐していて、それだけの警備の人員がいる。右翼の街宣車が来ようものなら即道路を封鎖して、絶対に近づかせない様にしていました。実に素早く動くので凄いもんだと思いました。
あんなごっついボックスが落ちるとは驚きです。(笑)
落下した場所の近くに自動車修理工場があって良かったですね。持っていける大きさ重さじゃないですから。
郵便局でのアルバイトは高校の時に年賀状配達でアルバイトをしました。時給も悪くなかったし、パートのおばさんからしたら自分の子供みたいな年ですから、とても可愛がってくれた。幸いなことにバイト期間中は雨も降らず。実に楽しかったです。
モーリス輪島
が
しました
モーリス輪島
が
しました