おとなの妄想くらぶ

昭和から平成にかけての、
アンダーグラウンドメディアのお話を中心に綴っていきたいと思っています。
ときに、そこから逸脱することもあるかもしれませんが、
よろしくお願いいたします。

PONNY_111

「オレンジ通信」(東京三世社)1982年(昭和57年)~2009年(平成21年)

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今回は、
私のスペルマ臭い青春と並走した「オレンジ通信」について書きました。

オレ通の内容的なことよりも、
雑誌のサイズについて注目した内容の記事になりました。

オレンジ通信はなぜあのサイズだったのか、
このブログをはじめて以降はとくに疑問に思っていたからです。

その話に入るまえに、
オレンジ通信の概要についていまいちど振り返ってみます。

1980年代当時、
ビニ本や裏本、裏ビデオにアダルトビデオを紹介しているエロ本は、

数多くありました。

オレンジ通信は、
そのパイオニアであり第一人者でもあったため、

ビニ本や裏本などを購入しようとするマニアには、
絶大な信頼を得ていたのではないかと思います。

かくいう私も、
信頼を置いている一方で、

そこまで熱心な読者ではありませんでした。

購入した回数でいうと、
アップル通信のほうが多かったかもしれません。

カラーページが多くてエロい内容が多いように見えたからです。

それに反して、オレ通は記事ページが、
それなりに多い印象がありました。

以前の記事のなかでも書きましたが、

裏本業者がどうとか、
ビニ本の発禁がどうとかいう記事ページがあったとしても、

血気盛んな童貞青年には、
最優先すべき内容ではありませんでした。

というわけですが、

あらためて、
オレンジ通信はどんな雑誌だったのかを振りかえってみました。

まず概要について、
「日本エロ本全史」(安田理央・著 太田出版 2019年7月14日発行)を参考にしました。

それによりますと、創刊は1982年です。

また、
“2004年からはDVDを付録につけ、大型化する、”

と書かれていました。

私がオレ通と並走していたのは、
1980年代半ばから後半にかけての一時期だけですから、

DVDが付録になり、
大型化したときには、オレ通への興味は残っていませんでした。

大型化というのは、
具体的には、B5サイズからA4サイズになったことです。

加えて、背表紙のない、いわゆる中綴じになりました。

一方、
大型化する前は、
背表紙のある、いわゆる平綴じと呼ばれるタイプの雑誌でした。

「B5・平綴じ」です。

B5というのは大学ノートのサイズです。

繰り返しになりますが、

私が今回、
オレ通について書こうと思ったことの中心は、

B5という判型のことです。

オレンジ通信創刊前夜、
どのようなエロ本が発行されていたか、
以下に列挙しました。

これも、「日本エロ本全史」を参考にしました。

「GORO」(小学館)1974年創刊
「映画の友」(近代映画社)1976年創刊
「ウイークエンドスーパー」(セルフ出版)1977年創刊
「バチェラー」(大亜出版)1977年創刊
「ズームアップ」(白夜書房)1977年創刊
「ヘイ!バディー」(白夜書房)1980年創刊
「ビリー」(白夜書房)1981年創刊
「写真時代」(白夜書房)1981年創刊
「アクションカメラ」(ベストセラーズ)1982年創刊
「スコラ」(講談社)1982年創刊

上記の雑誌をすべて思い浮かべることができるかたは、
けっこうなエロ本ユーザーだと思いますが、

それはさておき、
上記のなかでB5サイズは「ズームアップ」だけです。

残りはすべてよりもB5よりも大きなサイズの雑誌です。

「映画の友」や「ウイークエンドスーパー」、
「ズームアップ」は、

純粋なエロ雑誌といえないという意見もあるかもしれません。

そのため、
(エロ+サブカル)雑誌と言いかえてもいいのですが、

いずれにしても、
B5サイズの雑誌は、主流ではありません。

またB5の「ズームアップ」は、
背表紙がない中綴じのタイプです。

一方、
オレンジ通信は「B5」で「平綴じ」。

当時発売されていた、写真がメインのエロ雑誌では、
めずらしい判型だったといえます。

「アップル通信」「さくらんぼ通信」「バナナ通信」
「ギャルズ通信」「ボディプレス」「マスカットノート」ほか、

これらが、
「B5・平綴じ」だった理由ははっきりしています。

オレンジ通信のフォロワーだからです。

つまり、

「~通信」系のエロ雑誌は、
オレンジ通信のような雑誌をつくりたいことが、
創刊の大きな理由だったと思われますので、

「B5・平綴じ」の理由は説明がつきます。

ただ、ここでひとつ気になることがありまして、

それは以下の記述です。

「日本昭和エロ本大全」(2020年7月1日発行 辰巳出版)の引用です。

“84年には三和出版から『アップル通信』が創刊。こちらものちに『オレンジ通信』同様、
AV情報誌として長く刊行されるが、創刊時は普通のエロ本であり、
ビニ本・裏本・裏ビデオ情報誌へと変貌していく過程も『オレンジ通信』と同じであった。”

私は、「アップル通信」の創刊当初の雑誌を見たことがありませんので、
自身の記憶をたどることはできないのですが、

創刊時は普通のエロ本だったようです。

であるならば、オレンジ通信同様に、

なぜ、当時のエロ本としてはめずらしかった、
「B5・平綴じ」だったのかという疑問が出るわけですが、

一方がオレンジで、一方がアップル、

さらに“通信”は共通ということで、
フォロワーのひとつといっても差しつかえないのではないかと思います。

いろいろと書いてきましたが、
私がいいたいことを簡単にまとめると、

なぜオレ通は、
当時の主流だった比較的大きなサイズの雑誌ではなかったのかということです。

ボディプレスの1986年4月号に参考になる記事がありました。

「エロ本バトルロイヤル座談会 第2回
カラーページの特写を考えたのだ。」のなかの記事です。

以下、抜粋しました。

トーラ そういう意味でもさ、エロ本の歴史って判型の変化の歴史でもあるんだよね。
かってA4判のエロ本というのはなかったわけです。
でも『GORO』の登場によって触発されたところが大きくて、
昔、サン出版の『ザッツ・エロス』というグラフ・プラス・実話みたいな本があって、
それが業界発のA4判雑誌だって僕は聞いてます。
『ギャング』『ギャルズ・アクション』『ビリー』『ヘイ・バディ』と、
2~3年前まではほとんどすべてと言っていいくらいA4判だったでしょう?
その流れを変えたのが『写真時代』なんです。
奥出 ああ、A4判変型ね。
  ~中略~
トーラ 『VW(ビデオ○ザ○ワールド)』なんかもそうなんだけど、
変型っていうのは記事物やコラムを作りやすいんです。
で、さらに言えば『オレンジ通信』でまた流れが変ったんですね、B5判に。
記事を重視するならB5判の方がもっといいト。”

ちなみに、
“エロ本バトルロイヤル座談会”とはなにかというと、

エロ本業界に携わる編集者やライターのかたがたが、
ひとつのテーマについて語り合うという企画です。

“トーラ”とはボディプレスの初代編集長で、
“奥出”とは奥出哲雄氏のことです。

また、
“業界発”は、“業界初”の誤字だと思います。

それはともかく、
ビニ本や裏本、裏ビデオの紹介ページが固定化されるにつれて、

オレ通は、
どちらかというと記事中心のエロ雑誌として、

定着したように思います。

しかし、
“創刊時はグラビア中心のごく普通のエロ本であった。”(「日本エロ本全史」)とのことですから、

結果的に記事重視の内容になったわけでして、
なぜ「B5・平綴じ」でスタートしたのかは依然としてなぞです。

というわけで、
私の疑問は解明されませんが、

当時、熱心なエロ本の読者だった私は、

エロ本やビニ本などにかんすることについて、
あれこれと考える時間がとても楽しいので、

着地点がなくても満足です。

それから、
またおなじ話を繰り返してしまいますが、

買った回数でいうと、
オレンジ通信よりも、

むしろアップル通信のほうが多かったと思います。

内容的な理由のほかには、

アップル通信のほうが、
オレンジ通信よりも紙質が良かったからです。

情報量はさして変わりませんから、
紙質や質感のいいアップル通信をおもに選んでました。

オレンジ通信は、
アップル通信にくらべて、表紙がペラペラで、

モノクロページはとくに、
アップル通信にくらべれば、紙質が良くなかった記憶があります。


というわけで、
オレ通の話は以上です。

最後になりましたが、
トップ画像は、竹下ゆかりさん。

ビニ本「PONNY ポニー」(ドルフィン企画)のカットです。

眩しいくらい可愛いです。

どの作品も、
天真爛漫な雰囲気があって大好きです。

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ERO for AFRICA_01

レコード「ERO for AFRICA」1985年(昭和60年)09月頃発売

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今回はレコードを取り上げました。
このレコードはいったいなんなのかということですが、

私が説明するよりも、

このレコードを取り上げた、
当時のエロ本を引用したほうがいいと思いました。

以下は、
ボディプレスの記事の一部です。

“あの〝USA FOR AFRICA〟に感動した中野D児が、
『オーッ、こりゃうちらも何かやらんきゃいかんぜ!』とばかりに、
ERO業界有名人に『アフリカの飢えた人々を救いたいんだ。
それには君の力がいる。ウン、そー、ボランティア、
だからノーギャラよ。』と言ったかどうかは知らないけど、
とりあえずかき集めた訳。”

“USA FOR AFRICA”、
昭和世代には説明不要と思いますので、
あえてくわしくは触れません。

USA FOR AFRICAで集まったのは、
アメリカのアーティストたちでしたが、

ERO for AFRICAは、
当時のエロ業界の面々が集まり、

このレコードをリリースしたわけです。

私は当時、
人よりも多くのエロ本に目を通し、

ときに購入していました。

そのため、

愛読者だったボディプレスで取り上げられていて、
このレコードの存在を知りました。

しかし、
よく通っていたアダルトショップにこのレコードは置いてなく、

見つけたのはレコード店でした。レコードですから、
エロ本屋には置かれていないのは当たり前です。

見つけて即買いしました。

ちなみに、
このレコードは、いわゆる12インチの大きさで、

普通のアルバムサイズですが、

収録されているのは、

A面1曲、B面4曲です。ミニアルバムといったところでしょうか。

今回、
記事のあとに裏のジャケットを載せました。

そのあとには、
ジャケットのなかに入っていた、

歌詞が書かれた紙の表と裏を続けて載せました。

楽曲を聴いてもらうのがいちばんいいのですが、
このブログではそんな機能はありませんし、

いま私はレコードプレーヤーを持ってなく、
レコードを再生できる環境ではありません。

レコードを購入した当時、
何度か聴いただけです。

それはともかく、

本レコードでは、

モデルさんだけでなく、
カメラマンや編集者、ライターという、

いわゆる裏方の人たちも歌っています。

いまでいうセクシー女優のかたがたが、
レコードやCDをリリースする動きは、

当時そんなにめずらしくありませんでした。

しかし、
インディーズとはいえ、

エロ本づくりに携わる人たちが、
モデルさんといっしょになって、レコードをリリースしたのは、

唯一無二ではなかったでしょうか。

エロ業界の勢いを感じてしまいます。

エロ雑誌がコンビニに置かれなくなり、
読者の高齢化が叫ばれる令和のいまは考えられません。

ところで、ボディプレスの記事によると、

鶴巻温泉というところで、
レコーディングがなされたようですが、

後日都内で、

“歌入れ風景のビデオ撮り”もおこなわれたとのことです。

さて、肝心の楽曲ですが、
私は歌とか楽器がまったくダメなので、

誰かの歌をあれこれコメントする資格はないですが、
A面の代表曲は、とてもキャッチ―でいいメロディだと思いました。

B面は覚えていません。

全体的な感想としては、
とても楽しそうということです。

モデルさんたちは、
別に脱ぐ必要はないと思いますが、全員が上半身裸なのも良いです。

本家のUSA for AFRICAは、

たしか、
レコードだけでなくTシャツもあったように記憶しています。

もしも、
ERO for AFRICAがTシャツを販売していたら、

勢いでつい買ってしまったかもしれません。

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ERO for AFRICA_02

ERO for AFRICA_03

ERO for AFRICA_04

ギンギラギンにさりげなく_01

ビニ本「ギンギラギンにさりげなく」(群雄新社)発売時期不明

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今回取り上げたのは、
ビニ本界隈ではかなり有名な作品だと思います。

私は、
本作をずっと見てみたいと思い続けており、

念願かなって購入できたのは、
比較的最近のことでした。

見たことがないのに、
なぜ存在を知っていたのかといいますと、

当時のエロ本で紹介されていたからです。

表紙カットで、

和式便所のなかから顔を出し、
お姉さんのおしっこを口で受け止めているのは中野D児氏です。

中野D児氏は、
私が毎月買っていた「ボディプレス」の二代目編集長でしたし、

当時よく見ていたエロ本で、
取り上げられていることが多かったので、

出演作や、
監督作品に注目するようになりました。

「ビニ本大全集」(昭和57年10月5日発行 東京三世社)に、
本作のことについて語った、中野D児氏のインタビューが掲載されています。

おしっこを飲んだことについての感想も語っていて、

“もー真っ黄っ黄ですよ(笑)。
あれは美味しくないです。とってもニガいものです。”とのこと。

また、
「アダルトビデオ10年史」(平成3年3月15日発行 東京三世社)には、
“自叙伝”なるものを
中野D児氏本人が書いているのですが、


そのなかに、
モデルは林ユミで、
また、このとき中野D児氏がもらったギャラが1万5千円という話も出てきます。

ひとつの作品の舞台裏や、
出演者のインタビューなどを交えて、

満喫できるのは、
エロ本のマニアならではということで、

とても嬉しいです。

というわけで、
本作の内容ですが、

後半の数ページ以外は、
モデルさんの放尿と、

口をあけて受ける中野D児氏のカットが続きます。

放尿シーンはかなり丁寧に撮影されていて、

おしっこの放物線が、
ひとつのつながりになってなく、

大小さまざまな雫の集合体ということがよくわかります。

ちなみに、
モデルさんの股間にはスミベタが入っていて、

マンコは見えません。

そのため、

露出度は高くないものの、
飲尿のインパクトは大きく、作品はヒットしたようです。

ところで、
本作の中身の最終ページに、

アダルトビデオの広告が掲載されています。

VIP・エンタープライズの、
「ドキュメント 女子便所 Part Ⅰ」ほか、排泄モノのビデオです。

1本30000円とかなりの高額です。

発行は、VIP・エンタープライズで、
発売が群雄新社、

また通販の申し込みも、
群雄新社宛になっていました。

自販機本の版元だったエルシー企画が、
アリス出版と合併したあとで、

旧エルシーの面々が、
アリス出版を離れ、ビニ本発行のために立ち上げたのが群雄社です。
群雄社は、薔薇書房という名前でビニ本を出します。

以前に、以下の2作品を取り上げました。

ビニ本「ドキュメント 女子便所 第1集」(薔薇書房)
ビニ本「噴射!! 女子便所 シリーズ第2弾」(薔薇書房)

また、
群雄社と群雄新社はおなじ会社です。

そして、
VIP・エンタープライズはのちにVIPとなり、

いまでいうセクシー女優出演の、
一般的なアダルトビデオもリリースするのですが、

発足当時は、
群雄社発行のビニ本のカラーが強い、

排泄モノが中心でした。

ところで、

1980年代中頃のある時期、
土曜日の深夜1時、つまり日曜日の午前1時から、

ラジオ短波で「セクシーオールナイト」という番組が放送されていたのを、
このブログのどこかの記事で書きました。

番組は2時間で、
CMも流れていました。

そのうちのひとつが
VIP・エンタープライズのCMでした。

作品は女子便所モノです。

おしっこの排泄音が流れたあと、
「大人のメルヘン……ほかのビデオとひと味違うの」という女性のナレーションが流れました。

番組自体もさることながら、
強烈なCMだったのでよく覚えています。

私はイヤホンをしていつも番組をきいており、

また当時、高校生でしたので、
排泄音が下半身にビンビン響きました。

本作の広告を見て、
VIP・エンタープライズのCMを思い出したわけですが、

そうすると、
本作の発売時期は、1983年ごろだと思われます。

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